はじめに
「EC事業の経営課題を体系的に整理したいが、論点が散らかってしまう」
「人手不足、物流費、利益率、DX、AI、越境と、現場から上がる課題がそれぞれ独立して扱われている」
「経営会議で『EC事業の本質的な課題は何か』と問われたが、優先順位がつけられなかった」
EC事業を統括する経営層・事業責任者の方から、こうした声を聞く場面が増えています。
EC事業の経営課題は、単独の業務改善で片付くテーマではありません。
市場成長率の鈍化、物流2024年問題、人件費高騰、システム老朽化、AI活用への対応、越境ECの組み立て。
複数の課題が同時並行で動き、しかも相互に影響し合っているため、現場の一機能に閉じた打ち手では効果が限定的です。
経営層に求められるのは、課題を一段高い視点で俯瞰し、構造として捉え直す思考の型です。
本記事では、EC事業に共通して立ち現れる主要な経営課題を7つの軸に整理し、それぞれの背景・打ち手フレーム・優先順位の付け方まで解説します。
目次
-
EC事業の経営課題を俯瞰するための枠組み
-
経営課題1:人手不足・採用難への対応
-
経営課題2:物流費高騰・物流2024年問題
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経営課題3:収益性の低下と粗利率の圧迫
-
経営課題4:DX遅れ・システム老朽化
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経営課題5:人材育成・組織能力ギャップ
-
経営課題6:グローバル化・越境EC対応
-
経営課題7:AI活用・テクノロジー対応の遅れ
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EC経営課題に向き合うための打ち手フレーム
-
EC経営課題の優先順位の付け方
-
EC経営課題対応で陥りがちな5つの失敗
-
まとめ
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1. EC事業の経営課題を俯瞰するための枠組み
EC事業の経営課題を整理する前に、まず「経営課題」と「現場課題」をどう区別するかを押さえます。
両者の境界を曖昧にしたまま議論を進めると、施策の議論ばかりが増えて、3〜5年スパンの構造的ポイントが見えにくくなるためです。
1-1. 経営課題と現場課題の違い
EC事業の現場では、毎月、毎週のように新しい課題が立ち上がります。
広告のCPAが悪化した、特定SKUの在庫が過剰になった、特定の決済手段の不具合が出た、というような個別の事象です。
これらは現場のオペレーション課題であり、担当部門が解決します。
一方、経営課題は次の3つの要件を満たします。
|
要件 |
内容 |
|---|---|
|
影響範囲 |
部門横断・事業全体に及ぶ |
|
解決時間軸 |
単年では完結せず、複数年の意思決定が必要 |
|
投資・組織の判断 |
経営層・取締役会の承認を伴う投資や組織変更が必要 |
EC経営課題は、現場の積み上げでは解消できず、経営層の意思決定を必要とする構造的な論点と定義できます。
1-2. EC経営課題を俯瞰する7軸
本記事では、EC事業の経営課題を次の7軸で解説します。
業界アンケートや経済産業省『電子商取引に関する市場調査』、各種EC事業者向けの調査で繰り返し上位に挙がるテーマを横断的に束ねた分類です。
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軸 |
課題テーマ |
|---|---|
|
1. 人 |
人手不足・採用難 |
|
2. 物流 |
物流費高騰・2024年問題 |
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3. 収益 |
収益性の低下・粗利率の圧迫 |
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4. システム |
DX遅れ・システム老朽化 |
|
5. 組織 |
人材育成・組織能力ギャップ |
|
6. 市場 |
グローバル化・越境EC対応 |
|
7. 技術 |
AI活用・テクノロジー対応の遅れ |
7つの軸はそれぞれ独立しているように見えますが、実際には相互に影響しています。人手不足はDXの遅れを促進し、DXの遅れは収益性を圧迫し、収益性の悪化は越境ECへの投資余力を奪います。
経営課題の整理で重要なのは、個別の論点を網羅することよりも、相互の連鎖を可視化することです。
1-3. 課題俯瞰がなぜ経営判断の前提になるか
EC事業の中期戦略や中期経営計画を組む際、最初の論点整理段階で課題マップを作らないまま施策の議論に入ると、次のような事態が起きやすくなります。
-
流行りのテーマ(AI、越境、ヘッドレス等)に投資が偏る
-
構造的な課題(人材・組織・収益構造)が後回しになる
-
投資配分が「声の大きい部門」に流れ、ポートフォリオが歪む
-
3年後に「やはり一番の課題は人と組織だった」と気づく
経営課題の俯瞰整理は、戦略策定や中計策定の前段階で行う「論点の地ならし」です。この段階を飛ばすと、上位の戦略や中計が場当たり的な施策の集合体になりがちです。
EC事業の主要な経営課題を、ここから1軸ずつ確認します。
2. 経営課題1:人手不足・採用難への対応
EC事業を統括する経営層の多くが、近年もっとも重い課題として挙げるのが人手不足です。
EC運営に必要なスキルセットは年々広がっており、採用市場の需給バランスが崩れています。
2-1. EC事業で不足している主な職種
EC事業で慢性的に不足が報告される職種は、おおむね次の通りです。
-
ECサイトの運営・MD(マーチャンダイザー)
-
デジタルマーケティング(広告運用・CRM・SEO)
-
データアナリスト・データサイエンティスト
-
受注処理・カスタマーサポート
-
物流オペレーター・倉庫管理
-
システムエンジニア・社内開発リソース
特にECディレクターやデジタルマーケターは、業務範囲が広く育成にも時間がかかるため、外部採用も内部育成も追いつかない状況が続いています。
2-2. 人手不足の構造的な背景
EC事業の人手不足は、単純な「採用がうまくいかない」という現象ではなく、構造的な要因が重なって生じています。
第一に、EC事業の業務範囲そのものが拡大しています。
マーケットプレイス運営、自社EC、SNSコマース、ライブコマース、越境EC、店舗連携(OMO)と、扱うチャネルが増え続けており、1人の担当者が見るべき範囲が広がり続けています。
第二に、デジタル人材の総量が需要に追いついていません。
EC事業を持つ企業は増え続けていますが、デジタル領域で実務経験を積んだ人材の総数は緩やかにしか増えません。
第三に、業務オペレーションの属人化が進み、新規採用しても立ち上がりに時間がかかる組織が多くなっています。
マニュアル整備・業務分担・引き継ぎ可能な設計が後手に回ったまま、人だけを増やそうとしても効果が出にくい構造です。
2-3. 経営層が取りうる打ち手の方向性
人手不足への打ち手は、採用強化だけでは構造を解消できません。次の3層を組み合わせて考える必要があります。
採用・人事戦略の層
-
ECディレクター・マーケター・データ人材の通年採用枠の確保
-
副業・業務委託・外部パートナーとのハイブリッド運用
-
報酬テーブルの市場連動と、定量的なキャリアパスの明示
業務効率化・自動化の層
-
受注・出荷・在庫・カスタマーサポートの自動化と外部連携
-
業務オペレーションの標準化・マニュアル化
-
AI活用による定型業務の置き換え
組織設計の層
-
機能別部署の再編とミッション再定義
-
内製化と外注のバランス見直し
-
業務範囲を1人に集中させない複数担当体制
人手不足は「採用課題」として扱うと、永遠に追いつきません。
「採用×業務効率化×組織設計」の3層を統合的に動かす経営判断として扱えるかどうかが、経営層に問われる視点です。
3. 経営課題2:物流費高騰・物流2024年問題
EC事業の収益性を直撃する課題として、物流費の高騰が常時上位に挙がります。
背景にあるのは、2024年4月から本格化したドライバーの時間外労働規制、いわゆる「物流2024年問題」です。
3-1. 物流2024年問題の概要
働き方改革関連法に基づき、2024年4月からトラックドライバーの時間外労働の上限が年間960時間に制限されました。
長距離輸送や繁忙期対応に依存していたサプライチェーンは、輸送能力の構造的な縮小に直面しています(出典:厚生労働省『自動車運転者の労働時間等の改善のための基準』改正、2024年)。
EC事業者の立場では、物流2024年問題は次のような影響として現れます。
-
配送料金の継続的な値上げ
-
翌日配送・即日配送の維持コスト上昇
-
配送リードタイムの延長
-
特定地域・特定時間帯への配送制約
3-2. EC事業の収益構造に与えるインパクト
物流費はEC事業の売上の数%から十数%を占めるコストです。
送料設定・購入金額設定・倉庫オペレーションが現状のまま続けば、粗利率の継続的な低下を招きます。
経済産業省『電子商取引に関する市場調査』では、物販系BtoC-EC市場は2024年時点で15.22兆円規模に拡大していますが(出典:経済産業省『電子商取引に関する市場調査』)、物流コストの上昇率が市場成長率に近づくか上回ると、「売上は伸びているのに利益が減る」構造が生まれます。
3-3. 経営層が取りうる打ち手の方向性
物流費高騰への打ち手は、「単価交渉」だけでは限界が出てきます。次の4方向を組み合わせて捉える経営視点が必要です。
配送ポリシーの再設計
-
無料配送のしきい値見直し
-
翌日配送・即日配送の対象商品・対象地域の絞り込み
-
配送速度ではなく確実性・柔軟性で価値訴求
物流ネットワークの組み替え
-
倉庫ロケーションの分散・集約の見直し
-
3PL(物流アウトソース)・自社物流のバランス再設計
-
共同配送・共同物流への参画
顧客体験での再定義
-
店舗受け取り・コンビニ受け取り・宅配ボックス活用
-
配送日時の選択肢の見直し
-
配送料金の有償化と「送料無料」依存からの脱却
コストの可視化
-
商品別・チャネル別の物流コスト原単位の見える化
-
受注単位ごとの粗利貢献度の算出
-
商品設計・梱包設計の段階からの物流費考慮
物流2024年問題は、単発の対応策では収まらない長期的な構造課題です。
経営層が物流戦略を「事業戦略の一部」として組み込み、3〜5年スパンで再設計する視点が問われます。
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4. 経営課題3:収益性の低下と粗利率の圧迫
「売上は伸びているのに、利益が増えない」。
EC事業の責任者から最も多く聞く悩みのひとつです。GMV(流通総額)は右肩上がりでも、コストが連動して膨らみ、営業利益率が一桁前半に張り付くケースが目立ちます。
4-1. EC事業の収益構造を圧迫する主なコスト
EC事業の粗利率を圧迫する主要なコストドライバーは、おおむね次の通りです。
-
商品原価(仕入原価・製造原価)
-
物流・配送コスト
-
決済手数料・プラットフォーム手数料
-
広告・販促費(CPA上昇)
-
カスタマーサポート工数
-
システム運用費・保守費
これらは個別には小さな比率でも、合算するとECの売上の半分以上を占めるケースも珍しくありません。
広告費が売上の20%、物流費が10%、決済手数料が3〜5%、人件費とシステム費が10%、商品原価が40%といった構造です。
4-2. 収益性低下の背景にある構造変化
EC事業の収益性が低下傾向にある背景には、複数の構造変化が同時進行しています。
第一に、広告単価の継続的な上昇です。広告主の競争激化と、Cookieレス時代への移行に伴うターゲティング精度の変化により、新規顧客の獲得コスト(CPA)は緩やかな上昇基調にあります。
第二に、物流費の継続的な上昇です。物流2024年問題で詳述した通り、配送コストは構造的に上がり続けています。
第三に、決済・プラットフォーム手数料の存在感の増大です。クレジットカード決済3〜5%、後払い決済4〜6%、モール出店時のテイクレート10%超といった手数料は、売上規模が大きくなるほど絶対額でのインパクトが増します。
第四に、人件費とシステム費の固定費化です。
EC事業の規模拡大に伴い、専門人材の確保とシステム投資が必要になり、変動費から固定費への構造シフトが進みます。
4-3. 経営層が取りうる打ち手の方向性
収益性改善への打ち手は、単一のコストドライバーを下げるだけでは効果が限定的です。次の3つで捉える視点が必要です。
収益構造の見える化
-
商品別・カテゴリ別・チャネル別の粗利率を可視化
-
顧客セグメント別のLTV・CACの算出
-
受注単位ごとの限界利益の把握
コストドライバー別の最適化
-
売価戦略・原価最適化・物流効率化・CS効率化・手数料見直し・広告効率化を並列に進める
-
単一ドライバーへの過度な圧縮による顧客体験の劣化を避ける
売上構成の組み替え
-
高LTV顧客の比率を高める設計
-
リピート率向上による広告費依存度の低下
-
高粗利カテゴリ・自社ブランド比率の引き上げ
収益性の改善は、コスト削減だけでなく、売上構成そのものを組み替える経営判断を伴います。
「どの顧客に、どの商品を、どのチャネルで売るか」というポートフォリオの設計が、収益性改善の根本にあります。
5. 経営課題4:DX遅れ・システム老朽化
EC事業を10年以上運営する企業の多くが直面しているのが、システム老朽化とDXの遅れです。
基幹システム・ECシステムが当時の業務に最適化されたまま温存され、新しい施策の足かせになっているケースが少なくありません。
5-1. システム老朽化の典型的な症状
EC事業の文脈で「システム老朽化」と呼ばれるのは、次のような症状です。
-
機能追加に時間がかかる(数か月単位)
-
外部サービスとの連携が困難
-
データの一元管理ができていない
-
セキュリティパッチ・OSバージョンアップが遅れている
-
担当できるエンジニアが少なく属人化している
これらは個別には小さな問題に見えても、積み重なると新しい施策(AI活用、越境EC、OMO、ヘッドレスコマース等)を打ちたくても物理的に動けないという状況を生みます。
5-2. DX遅れが事業に与える経営インパクト
DXの遅れは、経営層の目線で見ると次のようなインパクトをもたらします。
第一に、施策のスピード低下です。
市場の変化に対応する施策を打ちたくても、システム改修に数か月かかる構造では、機会を逃します。
第二に、データドリブン経営の阻害です。
顧客データ・売上データ・在庫データが分散していると、KPIの可視化や意思決定の根拠としてのデータ活用が進みません。
第三に、人材確保への影響です。
老朽化したシステムを保守する人材は採用しにくく、社内エンジニアのモチベーション低下も起きやすくなります。
第四に、競争環境への対応力の低下です。
AI活用・パーソナライゼーション・新しいチャネル対応など、近年のEC施策はシステム基盤の柔軟性を前提にしているものが多く、基盤が古いままでは戦えません。
5-3. 経営層が取りうる打ち手の方向性
DX・システム老朽化への打ち手は、「リプレイス vs 保守」の二択ではなく、現実的な選択肢を段階的に整理する必要があります。
現状診断の層
-
現行システムのライフタイム評価
-
主要KPIに与えるシステム制約の特定
-
保守コスト・改修コストの可視化
プラットフォーム選定の層
-
パッケージ型・SaaS型・オープンソース型・フルスクラッチ型の比較
-
マルチストア・B2B・越境対応など中期戦略との適合性
-
ヘッドレスコマースを含むアーキテクチャ選択
移行計画の層
-
段階的移行(フロントエンド先行・バックエンド先行など)
-
データ移行・顧客資産の継承
-
既存業務オペレーションへの影響最小化
運用体制の層
-
内製・外部パートナーのバランス
-
アプリ・APIエコシステムの活用
-
継続的なアップデート前提の運用設計
EC事業の中期戦略を考える際、システム基盤の選択は単独の意思決定ではなく、組織能力・投資配分・人材戦略と一体で扱うテーマです。
経営層の関与が必須になる領域です。
6. 経営課題5:人材育成・組織能力ギャップ
人手不足とは別の課題として、社内人材の育成と組織能力のギャップも、EC事業の経営課題として無視できない領域です。
「採用はできているが、育成と組織化が追いついていない」という相談は珍しくありません。
6-1. EC事業に必要な組織能力の広がり
EC事業の運営に必要な組織能力は、年々広がっています。一例を挙げると次の通りです。
-
商品企画・MD・ブランド戦略
-
マーケティング(広告・SEO・CRM・SNS・コンテンツ)
-
受注・在庫・物流のオペレーション
-
カスタマーサポート・CRMオペレーション
-
データ分析・BI・データサイエンス
-
開発・システム運用・アプリ管理
-
経営企画・事業企画
-
越境EC・グローバル対応
-
法務・コンプライアンス・個人情報保護
これらをすべて自社で揃える必要はありませんが、何を内製し何を外部リソースに任せるかという設計判断は、経営層の重要なテーマです。
6-2. 組織能力ギャップが生じる主な原因
社内のEC組織で能力ギャップが生じる典型的な原因は、次のような構造です。
第一に、業務範囲の急拡大に育成が追いつかないケース。立ち上げ期のメンバーが運営フェーズに移行する際、戦略・分析・組織マネジメントといった新しい役割を担えず、現場業務に張り付いたままになります。
第二に、外部からの中途採用に依存しすぎ、社内の体系的な育成プログラムが不在のケース。新規メンバーの定着率が下がり、組織内の知見が蓄積されません。
第三に、評価制度・キャリアパスがEC領域の実態に合っていないケース。
EC専門人材の市場価値が上がっているにもかかわらず、社内の評価軸が伝統的な職能評価のままだと、優秀人材の流出が起きやすくなります。
6-3. 経営層が取りうる打ち手の方向性
人材育成・組織能力への打ち手は、人事戦略・組織設計・教育投資を一体で捉える経営判断になります。
育成プログラム
-
EC実務スキルの体系化と段階別研修
-
ジョブローテーション・新規プロジェクト参画によるOJT
-
外部研修・資格取得支援
キャリアパス・評価制度
-
EC専門職のキャリアパスの明文化
-
市場連動の報酬テーブル
-
定量・定性両面での評価設計
組織設計
-
機能別組織と事業別組織のバランス
-
マーケティング・テクノロジー・オペレーションの3軸での組織編成
-
経営層直下のCDO(最高デジタル責任者)・CRO(最高顧客責任者)の設置検討
外部リソースの活用
-
アジャイル型のプロジェクトベース外部パートナー
-
副業・業務委託・専門コンサルの戦略的活用
-
知見の社内移転を前提とした契約設計
組織能力のギャップは、短期間では埋まりません。
3〜5年スパンで「どの能力を内製化するか」を意思決定し、計画的な投資を続ける視点が経営層に問われます。
7. 経営課題6:グローバル化・越境EC対応
国内EC市場の成熟と、グローバル消費者の購買行動の変化に伴い、越境EC・グローバル展開を経営課題として位置付ける企業が増えています。
7-1. 越境EC市場の現状
経済産業省『電子商取引に関する市場調査』によると、日本から中国への越境ECは2024年時点で2.4兆円、米国向けは1.4兆円規模に達しています(出典:経済産業省『電子商取引に関する市場調査』)。
日本ブランドへの海外需要は構造的に存在しており、無視できない市場規模です。
一方で、越境ECや海外進出は単純な「翻訳」と「配送」の延長では成立しません。以下のような複層的な対応が必要です。
-
多言語・多通貨対応のシステム
-
国別の決済手段・税制・関税対応
-
海外配送・現地物流ネットワーク
-
現地マーケティング・カスタマーサポート
-
商品の認証・規制対応
7-2. グローバル化が経営課題として浮上する背景
海外展開を経営課題として扱う必要が出てくる典型的な局面は、次のような状況です。
-
国内市場の成熟により単独成長率が頭打ちになっている
-
ブランド資産が海外顧客に既に認知されている
-
国内SKUの海外需要が一定規模で発生している
-
競合が先行してグローバル展開を進めている
「やるかやらないか」だけでなく、「どの市場に・どの規模で・どの順番で進出するか」という意思決定が経営層に求められます。
7-3. 経営層が取りうる打ち手の方向性
グローバル化への打ち手は、市場選定・チャネル選択・組織設計・システム基盤を統合した中期計画として組み立てる必要があります。
市場選定
-
ターゲット市場の優先順位付け(需要・規制・競合・物流)
-
段階的進出(試験販売→本格展開→現地法人)
-
マーケットプレイス活用と自社EC構築の組み合わせ
チャネル戦略
-
自社越境ECサイトの構築
-
海外マーケットプレイスへの出店(Amazon、Tmall等)
-
現地パートナー経由の販売
システム基盤
-
多言語・多通貨対応のEC基盤
-
海外決済・税制対応
-
海外配送業者との連携
組織体制
-
越境EC専門チーム・部署の設置
-
現地パートナー・現地法人との連携体制
-
言語・文化対応の人材確保
国内市場と海外市場では、購買行動・規制・物流・コスト構造が大きく異なります。
国内ECの延長で進出しようとすると、想定外のコストや法務リスクが顕在化します。
経営層の関与のもと、3〜5年スパンの戦略として組み立てる視点が求められます。
8. 経営課題7:AI活用・テクノロジー対応の遅れ
近年、EC事業の経営課題リストに頻繁に登場するのがAI活用とテクノロジー対応です。
生成AI、エージェンティック・コマース、パーソナライゼーション、自動化など、関連テーマは多岐にわたります。
8-1. EC領域でのAI活用の主要領域
EC事業でAI活用が議論される主な領域は次の通りです。
-
商品レコメンデーション・パーソナライゼーション
-
カスタマーサポートの自動化(チャットボット・FAQ自動応答)
-
商品説明文・コピー・画像の自動生成
-
在庫予測・需要予測・価格最適化
-
マーケティング自動化(広告クリエイティブ、メール、SNS投稿)
-
業務オペレーションの自動化(受注処理、配送手配等)
-
検索・コンバージョン最適化
各領域でAI活用ツール・サービスが急速に拡大しており、選択肢が増える一方で、自社にとって何を優先すべきかの判断が難しくなっています。
8-2. エージェンティック・コマースという構造変化
注目すべき構造変化のひとつが、エージェンティック・コマース(AIエージェント経由の購買)の台頭です。
米国の調査では、2030年までに米国EC売上の25%がエージェンティック・コマース経由になると予測されています(出典:Bain & Company、2024年予測)。
消費者が直接ECサイトを訪れるのではなく、AIエージェントが代行して商品を比較・購買する世界では、ECサイトのUX設計やSEO・LPO の前提が変わります。
AI向けに商品情報を構造化し、APIで提供できる体制の構築が必要になります。
8-3. AI活用・テクノロジー対応で生じる経営課題
AI活用を経営課題として扱う際、次のような構造的な論点が浮上します。
第一に、投資判断の難しさ。AI関連の選択肢が急増しており、PoC(概念実証)の段階で止まるプロジェクトが多発しています。
経営層は「全部試す」か「待つ」かの両極端ではなく、優先領域を絞り込む判断が求められます。
第二に、データ基盤の整備。AI活用の前提は質の高いデータです。顧客データ・商品データ・行動データが整備されていない状態でAIを導入しても、十分な精度が出ません。
第三に、人材の確保。AI活用を進めるには、データサイエンス・機械学習・MLOpsといった専門スキルが必要になります。
社内人材だけで賄えない場合、外部パートナーとの連携体制が問われます。
第四に、ガバナンス。AIの自動意思決定が顧客接点に組み込まれると、説明責任・倫理・コンプライアンスの観点での経営判断が必要になります。
8-4. 経営層が取りうる打ち手の方向性
AI活用・テクノロジー対応への打ち手は、次の4層で組み立てます。
戦略レイヤー
-
AI活用の優先領域の絞り込み(CS自動化、商品推薦、需要予測等)
-
3〜5年のロードマップ策定
-
投資配分の明示
データ基盤レイヤー
-
顧客データ・商品データ・行動データの統合
-
データ品質管理体制
-
データガバナンス・プライバシー対応
実装レイヤー
-
アプリ・APIエコシステムの活用
-
外部AIサービスとの連携
-
社内開発と外部活用のバランス
組織・人材レイヤー
-
AI活用専門チーム
-
全社的なAIリテラシー教育
-
倫理・ガバナンス体制
AI活用は、「魔法の杖」として導入すれば成果が出るものではありません。事業戦略・データ・組織・ガバナンスを一体で設計する経営判断が必要なテーマです。
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9. EC経営課題に向き合うための打ち手フレーム
7つの経営課題を個別に押さえたうえで、これらを統合的に扱うための打ち手フレームを解説します。
EC経営課題は、単独の課題として扱うと相互の連鎖を見落としやすいため、構造として捉える視点が必要です。
9-1. 4階層の打ち手フレーム
EC経営課題への打ち手は、次の4階層で整理するとポイントが見えやすくなります。
|
階層 |
内容 |
期間 |
|---|---|---|
|
戦略階層 |
事業ポートフォリオ・市場選定・成長エンジン |
3〜5年 |
|
基盤階層 |
システム・データ・物流・組織の基盤整備 |
2〜3年 |
|
機能階層 |
マーケティング・CRM・MD・カスタマーサポートの機能強化 |
1〜2年 |
|
運用階層 |
日常オペレーションの効率化・自動化 |
0〜1年 |
打ち手を考える際は、まず戦略階層から「何を目指すか」を定義し、その下位に基盤・機能・運用を整理します。
順番が逆になると、運用改善の積み上げでは戦略目標に到達しないという事態が起きます。
9-2. 課題と階層の対応マッピング
7つの経営課題と4階層の対応関係を整理すると、各課題が複数階層にまたがることが見えてきます。
|
課題 |
戦略階層 |
基盤階層 |
機能階層 |
運用階層 |
|---|---|---|---|---|
|
人手不足 |
組織戦略 |
業務基盤・自動化 |
スキル開発 |
業務効率化 |
|
物流費高騰 |
物流戦略 |
物流ネットワーク |
配送ポリシー |
倉庫運営 |
|
収益性低下 |
事業ポートフォリオ |
収益構造可視化 |
価格・販促・LTV |
コスト管理 |
|
DX遅れ |
システム戦略 |
プラットフォーム選定 |
アプリ・連携 |
運用保守 |
|
人材育成 |
組織戦略 |
評価・キャリアパス |
育成プログラム |
日常マネジメント |
|
グローバル化 |
市場戦略 |
多言語・多通貨基盤 |
海外チャネル |
海外オペレーション |
|
AI活用 |
技術戦略 |
データ基盤 |
AI機能活用 |
プロンプト運用 |
7つの課題すべてに戦略階層のポイントが含まれており、経営層の意思決定なしには動かせない構造であることが分かります。
9-3. 機能別組織と打ち手の連動
経営課題への打ち手を実行する際は、複数の機能別組織が連動する必要があります。「営業」「マーケ」「IT」「物流」「人事」「経営企画」が、それぞれ独立したミッションを持ったままでは、横串の課題は動きません。
経営層に求められるのは、横串で動かす仕組み(プロジェクトベースのタスクフォース、CDO・CROといった統括ポジション、定例の経営会議での議題化)を設計し、運用に乗せることです。
10. EC経営課題の優先順位の付け方
7つの経営課題はすべて重要ですが、限られた経営資源(人・時間・投資)をどこに振り向けるかという優先順位の判断が必要です。経営層は「全部やる」とは言えない立場にあります。
10-1. 優先順位を決める3つの軸
EC経営課題の優先順位は、次の3軸で評価できます。
|
軸 |
内容 |
|---|---|
|
事業へのインパクト |
取り組みが売上・利益・顧客体験に与える影響度 |
|
緊急度 |
放置した場合の悪化スピード・タイムリミット |
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実行可能性 |
自社の組織能力・投資余力・パートナー網で実行できるか |
3軸を組み合わせることで、限られた経営資源を配分する際の判断基準が明確になります。
10-2. 優先順位を組む実務的なステップ
優先順位を組む実務的なフローは、次の通りです。
ステップ1:課題リストの棚卸し
7つの軸をベースに、自社固有の課題を加味してリスト化します。部門横断のワークショップでポイントを集約すると、現場の認識と経営層の認識の差分が見えます。
ステップ2:3軸での評価
各課題を「事業インパクト」「緊急度」「実行可能性」の3軸で5段階評価します。
複数の経営層・事業責任者で個別評価したうえで合議すると、認識のすり合わせが進みます。
ステップ3:マトリクスでの可視化
評価結果を「インパクト×緊急度」のマトリクスに配置し、ハイインパクト・ハイ緊急度の領域に位置する課題から優先着手します。
ステップ4:投資配分との整合
優先課題に対する3〜5年の投資配分を試算し、年度予算との整合性を確認します。投資余力を超える場合は、優先順位の絞り込みやフェーズ分割を行います。
ステップ5:実行体制の決定
優先課題ごとに責任者・推進体制・KPI・マイルストーンを定めます。「課題は決めたが、誰が担うかが曖昧」という状態を避けます。
10-3. 業種・年商規模別の優先傾向
参考までに、業種・年商規模ごとに優先されやすい経営課題の傾向を整理すると、次のようなパターンが見られます。
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状況 |
優先されやすい課題 |
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年商10億円未満・拡大期 |
人手不足・DX遅れ・収益性 |
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年商10〜100億円・成長期 |
DX遅れ・AI活用・収益性 |
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年商100億円超・成熟期 |
グローバル化・AI活用・組織能力 |
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多店舗展開・OMO推進中 |
DX遅れ・組織能力・人材育成 |
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越境EC強化中 |
グローバル化・物流・人材育成 |
あくまで一般的な傾向であり、自社の事業フェーズ・業種特性に応じた個別判断が必要です。
11. EC経営課題対応で陥りがちな5つの失敗
EC経営課題に取り組む過程で、よく見かける失敗パターンを5つ解説します。
事前に押さえておくと、無駄なリソース消耗を回避できます。
11-1. 失敗1:流行りのテーマに投資が偏る
AI、越境EC、ヘッドレスコマースといった流行のテーマに投資が集中し、人手不足・組織育成・収益構造といった地味だが本質的な課題が後回しになるパターンです。
経営層の関心が集まりやすいテーマほど、現場の業務効率化や組織育成といった足元の論点が見過ごされやすい傾向があります。
「目立つ施策」と「効果が大きい施策」は別物だという視点が必要です。
11-2. 失敗2:単年の予算でしか課題を捉えない
EC経営課題は、3〜5年スパンで取り組まなければ解決しない構造的ポイントです。
単年の予算枠で「今年できることだけやる」と捉えると、毎年小さな改善を繰り返すだけで構造変化に手が届きません。
中期経営計画と連動した3〜5年の投資配分を設計し、毎年ローリングで見直す視点が求められます。
11-3. 失敗3:現場任せにする
「現場が一番状況を分かっているから」と、経営課題の解決を現場任せにすると、部門横断の課題は誰も担えません。
マーケと物流の連携、システムと組織の連携、海外と国内の連携といった横串課題は、経営層の関与なしには動きません。
経営層が「自分が担うべき領域」を明確化し、月次・四半期での進捗確認の場を設けることが必要です。
11-4. 失敗4:定量化を後回しにする
「経営課題は定性的なテーマだから数値化できない」という前提で進めると、進捗が見えず、優先順位の議論も曖昧なまま続きます。
KGI・KPI・マイルストーンを定量化することで、初めて経営層の議論が成立します。
人手不足なら「採用充足率」「離職率」、物流なら「物流コスト原単位」、DXなら「主要KPIへの寄与率」というように、課題ごとに定量指標を設定する習慣化が求められます。
11-5. 失敗5:横展開・標準化を意識しない
ある事業部・ある商品カテゴリでうまく回った打ち手を、他部門や他カテゴリに横展開する仕組みがないまま終わるケースです。
せっかくの知見が属人化し、組織能力として蓄積されません。
ナレッジ共有、横展開のためのドキュメント化、四半期での横断レビューといった仕組みを、経営層が制度として設計する必要があります。
まとめ
EC事業の経営課題は、人手不足・物流・収益性・DX・人材・グローバル・AIの7軸で俯瞰すると、構造的な論点として整理できます。
EC経営課題に向き合う7つのポイント
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経営課題と現場課題を区別する
部門横断・複数年・経営判断を要する論点を経営課題として切り分けます。 -
7つの軸で課題を俯瞰する
人・物流・収益・システム・組織・市場・技術の7軸で網羅的に整理します。 -
課題の相互連鎖を可視化する
個別の論点ではなく、課題同士のつながりを構造として捉えます。 -
4階層で打ち手を整列させる
戦略・基盤・機能・運用の階層で打ち手を体系化し、整合性を保ちます。 -
3軸で優先順位を決める
事業インパクト・緊急度・実行可能性の3軸で資源配分を判断します。 -
3〜5年スパンで投資配分を設計する
単年予算の延長ではなく、中期での構造変化を前提に資源配分を組みます。 -
横串で動かす仕組みを経営層が設計する
タスクフォース・統括ポジション・経営会議での議題化で、部門横断課題を動かします。
最初の一歩を踏み出そう
EC経営課題への取り組みは、いきなり全課題を動かす必要はありません。まずは「自社の主要課題を3〜5つに絞り込む」「3軸で優先順位を可視化する」「経営会議の議題に乗せる」といった、論点整理の場を作ることから始めてみてはいかがでしょうか。
7つの軸はあくまで俯瞰のためのフレームです。自社の事業フェーズ・業種特性に合わせて課題を組み替え、経営層・事業責任者の共通言語にしていくことが、3〜5年後の事業ポートフォリオを描く第一歩になります。
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参考文献
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経済産業省『令和5年度 電子商取引に関する市場調査』2024年
-
経済産業省『電子商取引に関する市場調査』各年版
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厚生労働省『自動車運転者の労働時間等の改善のための基準』改正、2024年
-
Baymard Institute “Cart Abandonment Rate Statistics” 2025年
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Bain & Company『AI in Retail and Consumer Goods』2024年




